2015年11月26日木曜日

山本雄基インタビュー 第1回 作品の構造について

本日から現在大黒屋サロンで個展を開催されている
山本雄基さんのインタビューを4回にかけて掲載いたします。

山本雄基さんは第5回大黒屋現代アート公募展で大賞を受賞されたのち、
3回目の個展となりました。
これからのアートシーンに生きるコンテンポラリーアーティストとしての
考えなど、詳しいお話をお聞かせいただくことができました。



−山本さんの作品は「どうやって、何で描いているのか」と
聞かれることが多いそうですが、あらためてお聞かせいただけますか

山本さんの現在のアトリエ

まず始めに、木製パネルにキャンバスをはって下塗りをジェッソで行います。
乾かしたらアクリル絵の具のメディウムを塗ります。このメディウムというのは
本来アクリル絵の具に混ぜて透明度を上げるためのもので、油絵の具でいうところの
とき油のようなものですが、直接塗ると透明な層が出来上がります。
それを筆で厚塗りをします。

2010年 アトリエ取材時に撮影 電動ヤスリで表面をならしていく

 乾かしたら電動やすりで表面をならします。ペインティングナイフを使って少しずつ
筆の跡を埋めては、電動やすりを使ってまた少しずつ平らにしていき、平らになって
から円の描写をします。これを何層も繰り返していきます。
 円の描写については、不透明色の円が散らばる層、透明色の層に色の無い円が
くり抜かれている層を交互に描写するのが基本です。そのため一層ごとに図と地が
常に反転し続けるような構造になります。
 描いている途中の作品「ヴォイド」になる丸と、色の付いている丸が現れている

 またさらに、ある層以降は最後まで色の円が侵入できないような、同じ場所を透明な
穴のようにくり抜いた円を沢山作ります。ヴォイド=穴、空虚、無などの意味ですね。
各ヴォイドの深さは層の数で変わります。その丸の部分はマスキングインクという、
描いた部分を後から剥がすことができている材料を使います。そうすることで
それぞれの層の世界を貫くようなヴォイドが現れてきます。
 全体で少ないものでも6層、多いもので10層を超えるくらいの構造になります。
最後にまた研磨して、つやの調整をして平らな画面になり完成します。

 しかしとにかく画面の作り方はどこにいってもよく聞かれるのですが、技法はあくまで
 技法であり、なぜその技法を使うのかが大事なので、今後は「秘密です」の一言で
 済ませるのも良いのかもしれません…。


―層と層の重なりで色が変わったり描きはじめからは想像のできないことも起こると
 思いますが、それを元から計画して描くのでしょうか。それとも即興で
 出来上がったものから描くのでしょうか

Stratified Circles(Mixing Patterns) 2014 photo by我妻直樹

 両方です。色のスケッチよりも、最近は配置のスケッチをしています。
 たとえばこの絵だと、一番最初のスケッチはヴォイドの円が一定のリズムで配置
されていて、それと呼応するように「黒い円」が配置されています。この構成は
スケッチの段階で最後まで残すと決めたルールです。ほかの場所は、どこに何を
配置するのかは決めていません。色については黄色系をベースに、とか、
5層目あたりで小さい円の集団を作るなど漠然としたルールをメモしましたが、
最終的には経験則で色のバランスや調和を予想して描いていきました。
 色の選択は作品により様々です。単純に記憶に残っている情景から色だけを
サンプリングすることもありますし、最初に色の使用ルールを決めてそれに従うことも
ありますが、都度発生する色バランスと経験則を照らし合わせながら感覚的に
決めていく場合が多いです。


―円という形を9年間描き続けていますが、円からモチーフを変えるということは
 考えますか?



 モチーフが変わるタイミングやきっかけはふと訪れるのかもしれないと常に
思っていますが、今のところまだまだアイデアが尽きないので円を続けています。

 円は誰もが知っていて、匿名性の高い形です。それに方向性を持たない形です。
なので形に対する自身のクセとか感情を遠ざけながら、表現ができる。ここが円を
使っている大事なポイントだと考えています。
 一方で、円は物凄く強い形ですよね。形自体が、宇宙的とかそういう大きな
スケールすら孕むような要素をそもそも持っている。そんな円を扱う以上は
作品の方からも挑戦をしかけられてくる感じですね。幾何学やマンダラなど、
円からくるイメージはすでに無数にありますので。

 また、ガブリエル・オロスコ(※3)、ブリジット・ライリー(※4)、もっと
遡ればドローネー夫妻(※5)など、円モチーフの絵画を作った作家も数多くいて、
インスピレーションを受けることも多々あります



―山本さんが画家としてスタートした2004年からの作品の変遷を見ていくと、
 初期の頃は具象的な作品も描いていらっしゃいましたね


「TV Watcher」 2004


  例えば、このテレビを見ている人の作品は怠惰な風景ばかりを写真っぽく描いた
 シリーズです。自分で撮った写真をフォトショップで加工して、彩度と明度をあげて
 いくと風景が光の中に消えていくような効果が得られるので、消えそうな白くふわっと
 抜けてしまうような色になった状態の画像を描いていくという。
 近作とこの時の関係があるとすれば、透明層に包んでいるところです。絵の中に感情
が入りつつ、一段階遠ざけるということ。そのことに透明層は関係しています。
ただ最初は効果の意図よりも、フェチズムというような感じで始めた気がします。

 今後も透明層を使うんじゃないかなという自分のコンセプトの原点みたいなものが
現れた時期ですね。透明層はポルケさん(※1)とか、大竹伸朗さん(※2)とかも
やっていていろいろな影響を受けているとは思います。周りの先輩にも使っている
人が多くて、その影響も受けていました。



―前回の個展では「Parallel Circles」というシリーズでしたね


「Parallel Circles (2 Squares Reverse)」2014


 「Parallel Circles」は今よりもうちょっと構造が単純だったと思います。
これは起点を4つの大きな黒い円で組まれた正方形のユニットにして―黒い円の
周りには他の色の円がこないようになっているので皆既日食のようになっている
―それは最後まで貫こうと。そして、刳り貫いたヴォイドのくり抜いたヴォイドの円
4つで組まれた正方形ユニットが2つ、計3つの正方形が画面の中で重なり合っている。
それが単純なパラレル=並列的なグリッド構成をしています。それぞれのユニットが
存在したまま、それを視覚的に散らすためのカラフルな円があり、その下に見えない
形を潜ませることで、円の関係や役割が次々に切り替わるような画面を
作りたかったんです。



―「Stratified Circles」のシリーズはよりユニットの規則性を感じさせるもの
  見えますが



153の円、11の正方形、6つの色層 2015 photo by ハレバレシャシン


 そうですね、例えば今回の一番大きい作品も同タイプの作品で、すべての点が
5×5や3×3など正方形のユニットを作りながらも、ユニット同士が少しずつ
重なっているという事をしています。この重なりに融和というキーワードを
込めたかった。うまく言えませんが、有るまま、無くなる瞬間、というか。





「153の円、11の正方形、6つの色層」のプラン

すべてのユニットで丸の大きさと間隔が違うので見ていると自分の中の正方形と
正方形のバランスがずれていく。違うリズムを感じられたりします。色については
実はくじびきで、すべての円が正方形のユニットのルールを飛び超えるように均等に
決めています。自分の意思ではないところで、ここは偶然赤がきた、とか。
6色しか使っていませんが全部透明な色なので色が重なって多色に見える、そういう
構造をしています。




―今年の作品で多く出品されている「Multiplex Acts」はより複雑に見えますね

 「Multiplex Acts (Invisible Lines & Loose Rhythm No.2)」 2015 photo by 我妻直樹



 Multiplex=「多重的な作用」という意味で、明らかに構造が複雑化してきたと
いうことですね。この作品のルールは最初に画面の比率を決めて、黒い3つの円を
起点として作る。スケッチのときから感覚で配置するといい感じになる場所に
置きます。それからその黒い3点を起点にして、円の中心が垂直平行の場所に
ヴォイドの円をおいていく。さらに色のない層の円はいずれかのヴォイドを
起点として垂直平行になっている。そのルールを裏切るように、色のある円を
バラバラに配置していくと、一見垂直平行のリズムは見えなくなります。
けれども、何も知らないお客さんにもきっと妙なリズム感というのは無意識的に
感じられるだろうと。

 Multiplex acts(Invisible Lines & Loose Rhythm No.2) のスケッチ


  作品毎にいろいろな配置、丸の色の違い、重層的にしていくなど色々な違う要素を
 潜ませていますが、それが画面の中で溶けあっているということ=「融和」を
 考えています。溶け合っているんだけれどもそれぞれの要素は独立して存在していて、
 それが対立しないまま融和する。それが僕の日常や世界との向き合い方と
 つながっていると思っています。 

  そういう感覚はできるだけ正直に絵画に落とせたらなと思っています。



-ほぼ年毎にタイトルを変えていらっしゃいますが、その理由は何でしょう

 タイトルというのは本当に難しくて、常に自分の今やっていることに合う言葉を
探す必要があります。ある程度シリーズを進めると、考えていることの根底は同じで
あるけれどもそこに行くまでの道筋が微妙に変わってくるんですね。
「Parallel Circles」ではパラレル=並列のパターンの丸が出てきたりとか、重層性も
パラレルだったり。いろいろなパラレルが自分の中にフィットしていました。でも
それをずっとやっていると、当たり前のことを言っているなという感じになってきて、
もうちょっといろいろなことを含めようというふうに変わっていく。
 今のMultiplex Actでは、「多重的な、複合的な」というもうちょっと複雑な状態と
いう感じです。


-山本さんの作品は「かわいい」と言われるなど、装飾性が高いといえると思います。
 それは好ましいことですか?

 「山本雄基展」2015 今年の展示風景


 好ましいですね。僕の作品は装飾性を重要な入り口として設定しているので、
かわいい、キレイといった感覚をスタートにして、でもなんだこれは?という段階に
迷い込んで頂ければ、なお嬉しいです
 それはつまり、シンプルで難しい事なんですが、「美しい」ものを作りたいと
思っています。僕の中で「キレイ」というのは毒気がなく色のバランスや形の
きれいさなど、単純に心地よかったり、みんなが楽しむことができて間口が広い。
 でも「美しい」というともうちょっと毒気というか、精神的な意味も入ってくると
思っています。奥行きと言えばいいのか、難しいんですが、花とか星空とかも
「美しい」と思いますが、花はアップで見るとけっこうグロテスクな形があったり、
星空もここから見ると光っていてキレイなんですが実際は僕らの想像を絶する
大爆発が起こっていたりとか恐ろしい事が起こっていて、そういうものが
「潜んでいる」。そういう怖さとか不安と言うのはマイナスイメージで、
もし作品でそういう部分を押し出すと、展示した空間全体が怖くなってしまうので、
装飾性によってあくまで「内包」したい。そうすると本当に美しいものに近づける
んじゃないかと考えています。人だって、善と悪どちらももともと持っているから
人生は美しいのかもしれないと思いますし。

 



(※1)ジグマー・ポルケ 1941-2010
ドイツの画家、写真家。「資本主義リアリズム」という絵画運動を標榜し、ドイツ現代絵画を牽引したほか、
写真や印刷技術、化学反応を用いるなど絵画の可能性をありとあらゆる面で追求した画家。
2002年高松宮殿下記念世界文化賞絵画部門を受賞。



(※2)大竹伸朗 1955
日本の現代美術家。絵画にとどまらずインスタレーションや絵本、音楽パフォーマンスなど
幅広い活動を行う。透明樹脂を厚塗りした巨大な絵画群「網膜」シリーズがある。
2006年東京都現代美術館で大回顧展「大竹伸朗 全景1955-2006」を開催したのちも
各地でアートプロジェクトを展開するなど現代日本美術の旗手の一人といわれる。
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(※3)ガブリエル・オロツコ 1962-
国際的に活躍するメキシコ人アーティスト。日常生活にある事物や何気ない風景に介入したり変容させるなど、南米という地域性にとらわれない作品を制作。1990年代以降のグローバル化するアートシーンの重要な作家の1人。
日本でも2015年に東京都現代美術館にて大規模な個展が開催された。

(※4)ブリジット・ライリー 1931-
ロンドン出身。1960年代後半の美術の一動向である「オプアート」=錯視芸術の第一人者として国際的な評価を得る。それ以降も幾何学的な図形や色彩を用いてリズムや動きを感じさせる絵画を発表し続ける。
2003年に日本の高松宮殿下記念世界文化賞絵画部門を受賞、来日した。

(※5)ドローネー夫妻 1885-1941/1885-1979
20世紀前半、抽象画の先駆者の1人として活動した画家夫妻ロベール・ドローネーとソニア・ドローネー。独学で色彩理論や絵画理論を学び、キュビズム以降の円や線、色彩で校正する純粋抽象に至る。色彩豊かな同心円状の作品がよく知られている。装丁やファッションなど2人で様々な表現を手がける。


第2回は明日、「2011年 —公募展大賞受賞、震災とアーティストとして−」を
掲載いたします。